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地雷

誰にでも言われたくない言葉があるが、夫の場合「お金」の話だと思う。結婚してから2度、夫の地雷を踏んでしまった。

別に喧嘩していたわけでもないし、ヒステリックにまくし立てたわけでもない。家計簿をつけながら生活費が苦しいとつぶやいただけなのに、本当にいきなり殴られて何が起こったのかわからなかった。

機嫌のいい時を狙って生活費のベア要求をしたら、今度は無言で蹴られた。どちらも医者にかかるほどのことではなかったし、夫も覚えていないと思う。

暴力を受けた経験がなければ「たかが2回」と思うだろう。されど2回の暴力がトラウマとなった。蒸し返してさらに暴力をふるわれたらと思うと、二度とお金の話は口に出せなくなった。

女からすれば男から暴力を受けるのは死ぬ程怖い。暴力は身体ではなく心の奥底に傷を残す。見えない傷はいつまでたっても治癒しない。

何でもない時にいきなりその記憶が蘇ってくるし、鬼のような夫の顔を思い出して怖くて震えが止まらなかったり、涙が出ることもある。たとえ、楽しいはずの家族旅行の最中であったとしても。

夫のプライドを傷付けるような発言は暴力として現れる。相手が私でない場合にはモノにあたる。その音も怖い。とばっちりを受けないように、ただじっと気配を殺すしかできない。

他に何が夫の地雷なのか分からないから、夫に対する不満は何一つ口にできなくなった。相手と向き合えない。本音でつきあえない。それが暴力の産物。

統計的に、暴力を振るう男は浮気もするらしい。相手の痛みがわからないのだから当然といえば当然で、そんな人間は誰かと共同生活しようとせず一人で暮らせばいい。

記憶喪失にでもならない限り、暴力を受けた相手と信頼関係を築いていくのは難しい。


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テーマ : 夫に言えない本音 - ジャンル : 結婚・家庭生活

最後の砦

男の人は浮気するものなのだと自分に言い聞かせて夫の女性関係を見逃してきた。せめて子どもが独立するまでは我慢しようと覚悟していたのに、2年前に事情は変わった。そんな悠長な事を言っている時間はないと気付かされた。

卵巣を一つと子宮を全部摘出しなければならない。その現実と向き合わなければならなくなった。

医師にあきれられる程大きくなった腫瘍。自覚症状を聞かれても何も答えられない自分が情けなかった。私の記憶の中の性交とは常に痛いものだったし、最後にしたのは8年前です、とはとても言えなかった。婦人科検診を定期的に受けなかった自分の浅はかさを後悔した。

それ以上に、もし夫婦生活が円満だったなら早期発見もできたのにと考えると、今までの結婚生活をただただ悔やむしかなかった。

そして、夫の躾を間違えた私のツケは入院という形でまわってきた。

夫は自分の身の回りの事さえ出来ない。ご飯を炊いたこともないし、洗濯もしたことがない。テーブルにつけば自動的にご飯が出てくるし、汚れ物も放っておけば洗濯されてしまわれるのが当然だと思っている人だ。

私が入院する旨を告げると、夫は露骨に嫌な顔をして「その間のめしと洗濯はどうしろって?」と言った。何の病気なのかも聞かなかったし、いたわりの言葉も何一つなかった。

もし私に何かあったらこの人は私の生活を、精神面を支えてくれるだろうか。子どもの世話をしてくれるだろうか。どう考えても不可能だと思った。

子どもを作る行為さえないのに子宮なんてなくてもいいじゃない。そう自分を慰めても、子宮を取ってしまうということと、生理痛から開放される安堵感は別次元の問題だった。

激しい頭痛・腹痛・嘔吐・貧血に悩まされる日々が続く一方で、女として終わってしまうのではないかという恐怖からうつ状態に陥って心療内科に通った。

セカンドオピニオンとして勧められた別の婦人科医は、全摘しない道を示してくれた。卵巣一つと最も大きい筋腫だけを切除し小さい筋腫とは共存していく方法。生理痛と貧血は完治しないし、内服薬の副作用というデメリットもあったけれど、私は子宮を残す方法を選んだ。

入院に必要な日数も少なくなったので、夏休みに長期キャンプを申し込み、子どもを送り込んでから入退院した。夫は見舞いにも来なかったし、相変わらず携帯も連絡がつかなかったし、退院後の生活も入院前と何一つ変わらなかった。

その矢先に見つけた浮気メール。離婚届を渡すのに何の迷いもなかった。


妊娠する可能性などないのに、あれほど子宮にこだわったのはどうしてなのか、今でも分からない。女として見られることのない自分の最後の砦として残しておきたかったのかもしれない。

それでも生理が来るたびに早く閉経してしまえばいいと願うのは贅沢なのだろう。

テーマ : セックスレス - ジャンル : 結婚・家庭生活

仮面夫婦

今の私達は仮面夫婦。

過去の話はしないし、喧嘩もしないし、食事にも行くし、旅行にも行くし、何事も無かったかのように普通に生活している。

それでも決してふれあうことはない。あの日、夫と繋いだ手の感触、気持ち悪さは忘れられない。ましてセックスの話なんてしたくない。

毎朝、駅まで夫を車で送っていく。車の中で子供の話をするし笑うこともあるけれど、あの息苦しさだけはどうしても耐えられない。

昔は毎日寝る前に夫の背中や足の裏をマッサージしていた。
8年前に浮気が分かってからは「マッサージして」と催促されればしていた。
2年前からは子供にさせている。
「お母さんの方が上手だな」と言う夫の声は聞こえないふり。

夫に触りたくないという自分の気持ちにうそはつけない。こんな女と暮らしていて夫は楽しいのだろうか。私は楽しくない。記入・捺印してある離婚届をもう一枚隠している。


楽しい毎日を過ごすための心のゴミ箱としてここを活用しよう。
いつか必要のなくなる日がきますように。

テーマ : 夫に言えない本音 - ジャンル : 結婚・家庭生活

求職活動の挫折

自分と向き合うために夫と離れて暮らしたい。夫の顔を見ずに過ごせる日々を手に入れたい。

そうは思っても専業主婦の私には先立つもの(貯金)が無い。とりあえずパートでもいいから収入を得たい。離婚した後も生活できる基盤が欲しい。

メールを無視された翌日、履歴書を作りハローワークと派遣会社に足を運んだ。

その矢先、子どもの学校関係で急に役員が回ってきた。理由は「専業主婦だから」。求職中であるという言い訳は通らなかった。私以外の候補は全員既に手に職のある人達だった。

結局、役員を引き受けることになり、求職活動は任期の切れる来春まで延期しなければならなくなった。

あと三ヶ月後、それまでにパソコンの知識は少しでも増やしたほうがいい。このブログを始めた事も何かの役に立ちますように。

2005/08/31~09/03

2005/08/31 私からのメール。

夏休みが終わったら仕事を探そうと思います。
子供が母親のいない生活に慣れたらこの家を出て行きます。
私なりに努力はしていますが、何一つ認められない生活に疲れました。
調停離婚でも構わないのでご検討ください。


返信なし。


2005/09/02(何故二日も放置?)夫からのメール。

仕事については、大変だろうけれども望むのであれば応援協力します。
状況が変わるかもしれないし。
ただ、その後の事は、全く考えるつもりはありません。
もう一度見つめなおすようにします。


10分後、私から。

離婚を前提にした就職です。
もし離婚に支障があるなら別居でも構いません。
私は器の小さな人間なので女を金で買う人は生理的に耐えられません。
前に話した時に「子供は渡さない」と言っていたので、子供が自分の身の回りの事が出来るようになるまでは我慢して暮らしてきました。
お義母さんは私が母親失格で私の子育ては間違っていると言うので、お義母さんに正しく育ててもらってください。


返信なし。

2005/09/03(また放置)夫から。

昨日のメール何だった?もう一回送って。


私から。

もういいです。


昔から私のメールはいい加減に扱う夫。彼女とは昼夜問わずメールしてたくせに、フォルダに入れて保存してたくせに。また思い出して辛くなる。辛くなるのが怖いから夫とのメールは気が進まない。嫌い。

そんな扱いしかできない女とどうして別れようとしないのか、不思議で仕方がない。私は辞める自由もない家政婦。
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