スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別居まで つづき

2ヶ月経ってしまいましたが、つづき

--3月--

アパートの鍵を受け取って入居前の準備を始めた。家から自転車で15分ほどの距離。出社前いつもより早く家を出て、部屋のサイズを測り、家具の配置を考え、あの家から持ってくる物・捨てる物を考えた。すぐに生活できるように生活用品も揃えた。

水道・電気・ガスの手配、など転居の手続き、部屋の掃除を済ませ、普段使わない身の回りの物をダンボールに詰めては納戸に片付けていった。

最大の難関は引越業者が荷物を見積るために家に入らなければならないことだった。家には舅姑がいる。無用心だから、と年寄は決して家を留守にしない。常にどちらかが留守番をしている。

誰にも知られずに業者を家に上げるのはどう考えても不可能だった。何度かあきらめようかと弱気になった。


--春休み--

どうすればいいのか考えてあぐねているうちに春休みに入ってしまった。春休みに入ってすぐ、子供は所属している団体のキャンプに参加した。

子供のいない時がチャンスだ、と思った。業者に連絡をいれ見積の予約を取り、思い切って舅姑夫の三人を前に家を出る事を切り出した。夫は「落ち着け」とただ繰り返していたような気がする。私はただ「離婚したい」と繰り返していただけのような気もする。

正直、あの時のことはあまり思い出せない。思い出したくないほどの罵詈雑言の嵐に、心を閉ざし耳を塞いでいたのかもしれない。ドラマをみているようなぼんやりとした記憶しかない。

我に返ったのは舅に湯呑のお茶をかけられた時。その瞬間を待っていたのかもしれない。一気に「家を出たい」「ここから立ち去りたい」という気持ちが湧き上がってきて、ただひたすら荷物をまとめる事に専念した。夫が横から何か言っていたけれど覚えていない。

1時間後、業者が見積りに来て、運び出す荷物を目分量で計算し、てきぱきと見積を出し、ダンボールの束を置いていった。その間中、夫は後ろからついてきていた。他人の目の前ではさすがに何も言えなかったようで終始無言だった。舅姑は部屋から出てこなかった。

業者が帰ってから再び荷造りを始めると、夫が横から色々となだめるような話をしてきた。ずっと無視し作業していると、逆ギレしたのかダンボールや荷物を投げ散らかしたり蹴り飛ばしたりし始めた。
それでも黙々と荷物を詰め次々にガムテープで封をしていった。気が済んだのか、あきらめたのか、私の意志が固いのを悟ったのか、夫は寝室にこもってしまった。

もう後戻りは出来ないと思うとほっとした。徹夜で荷造りをし、リビングで仮眠をとって誰も起きてこないうちに出社した。


夫から携帯にメールが届いた。会社を休んでいたらしい。どこにいるのかと問いただすメールに始まり、読みたくもない言い訳だらけの長文メールが次々と届いた。無視していると謝罪の言葉も入り始めた。午前中はことごとく無視していたが、着信まで入ってきたのでとりあえずメールに返事はすることにした。

帰宅すると夫がリビングで待っていた。姑が血圧が上がって寝込んでいるらしかったが見舞うつもりは無かった。

二人で向かい合って話をした。夫がしてきたこと。姑との関係。私が今まで考えていたこと。誰も心から信用できないこと。子供は渡さないこと…今まで見ないようにしてきた私達の問題が次々に表面化してきた。

夫は全て反省するから考え直して欲しいと言った。何一つ信じられないと答えた。接点の無い平行線を辿る話し合いが続いて荷造りはできなかった。

夜が明ける頃、夫が折れた。とりあえず別居はしてもいいが離婚は絶対にしない。夫がアパートの保証人になり家賃も出す。子供の学費も今のまま夫が払う。その代わりに週末は必ず子供と三人で過ごす。

夫と週末を過ごすなどまっぴらだとは思ったが、あの家を出られるならどんな条件でも良かった。とにかく荷造りに没頭できることが嬉しかった。


子供がキャンプから帰ってくる日、早朝から業者がきて次々に荷物を積んでいった。姑はじっと腕を組んで怖い顔で睨んでいた。最後の荷物をトラックに運び入れて舅姑に挨拶をしに行った。「短い間ですがお世話になりました」と頭を下げたが、無視されたのでそれ以上は何も言わず家を出た。

アパートには夫もついてきた。狭くて汚いと文句ばかり言っていた。セキュリティもないし子供が可哀想だからもっと小奇麗なマンションにしろ、と相変わらずわけのわからないことを言っていたが無視した。

夕方、夫と二人で子供を迎えに行きアパートに連れてきた。今日からここでお母さんと二人で暮らすのだと告げると、意外にも平気な顔をしていてこちらが拍子抜けするほどだった。


荷解きが一段落してから夫と子供と三人で近所のお蕎麦屋さんで引越蕎麦を食べた。夫が帰る後姿を見て子供が泣いていた。その時だけは私も一緒に泣いてしまった。後悔の涙だったのか、うれし涙だったのか、安堵の涙だったのか、不安の涙だったのか、今でもよく分からない。


あの日から舅姑とは二度と会っていない。
スポンサーサイト

テーマ : 別居・離婚 - ジャンル : 結婚・家庭生活

コメント

ふわさんへ

近況が聞けてよかったです
気持ちは落ち着かれましたか?
からだには十分気をつけてくださいね。

No title

すっかり、ご無沙汰しております
リンクしていただいてる「しない夫婦」のリボンです
少し前に、ブログを引っ越しました
新しいブログでも、リンクさせていただきました
もしも不都合でしたら、遠慮なく、ご連絡ください

ふわさんの決断と、新しい出発を応援しています

No title

すみません、追加です・・・(汗)
新しいブログは、こちらです
http://ameblo.jp/ribon1212
(玉響~たまゆら~)

お返事

お返事が遅くて申し訳ありません。

どらみさん
いつも気にかけていただいてありがとうございます。
健康面はバッチリです。
別居してからの方が忙しいはずなのに今の方が元気です。
病は気から、でしょうか。

リボンさん
こちらこそご無沙汰しております。
ブログお引越されたんですね。
お幸せそうでなによりです。
リンク変更させていただきました。
宜しくお願いいたします。
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。